ブログの抜け殻

コロんでコロんでコロなりました

フリーのゴミ画像

インターネットのサイトに「挿絵」的に使われる写真画像が、ここ数年で驚異的に増えた。

 

通信速度やデータ要領が大きくなって、写真のような重いデータが扱いやすくなったからだろう。 が、

 

記事や文章の内容に対して、ほとんど関係がない、あるいは、関係があったにしても、はっきり言ってぜんぜん必要のない、というか、「この人だれ?」っていう人物が大げさな表情やわざとらしいポーズをとって写っているフリー画像とおぼしき写真画像が目に入ると、イラッとして、すぐに目をつぶってしまう自分がいる。

 

これは、写真は情報量が多いために、目に入ると、脳のかなりの部分を、その解析に取られるからではないか、と勘ぐっている。 コンテンツに関係のない画像を、脳が処理しなければならない不快感が、「イラッ」の原因ではないかと思う。

 

人間が外界から取り込む情報の70パーセント以上は、視覚情報だそうだ。 だから、無駄な視覚情報がめったやたらに脳に入ってくると、脳がその解析に継続的に酷使されるので、脳が疲れて、ついには、脳が麻痺してしまうのではないか、と思ってしまうことがある。

 

とくに、「目・鼻・口」がついているもの、とりわけ人間の写真を見ると、その解析に、脳のキャパシティをより一層使うのではないか。人間が人間社会をつくって集団で暮らし始めて以降は、最も大きな恩恵と脅威は、ほかの人間からもたらされるからだ。だから、たとえば、「この人は私にお金を払いにきたのだろうか、それとも、私を殺しにきたのだろうか?」と、脳が、その人の見た目や仕草を一生懸命解析して、判断しようとするのではなかろうか。だから、コンテンツとは無関係の人間の写真画像が目に入ってくると、脳の無駄遣いを嫌って「イラッ」と感じるのかもしれない。

 

私は、自分のちっぽけな脳を、自分にとって意味のあるものに使いたい。 だから、最近は、コンテンツに関係のないフリー写真画像が濫用されているサイトを避けるようにしている。

 

そうしたら、イラッとせずに読めるサイトが、どんどん少なくなってきた。

 

これも生活の断捨離だ。 細々と、小さい規模で、でも、そのほうが、ずっと豊かだ。

 

ぼんやりぶろぐ